2017年5月12日金曜日

ホンダ・シビックtypeR 「日本のポルシェが凱旋」

  シビックに関する掲示板を覗くと、「やっぱりEG6、EK9の頃だよなー」という書き込みが今でも結構目に付きます。某有名漫画に登場するシビックがこの2台というのもあるんでしょうけど、「Vテックで8000rpmオーバーのエンジン」「4輪ダブルウィッシュボーン」で完全武装した「輩なハッチバック」。ボデーサイズは5ナンバー。デミオやフィットのクラスにこれだけの装備を盛り込もうというホンダの「狂気」がよく現れています。

  一応1972年に初代がデビューとなってますが、最初から4輪独立懸架(4輪ストラット)という意欲的な設計は、軽自動車から飛び出して普通車に撃って出た最初の意欲作ホンダ1300を踏襲しています。プロトタイプという意味で1300をポルシェ356とするならば、その後のシビックシリーズはポルシェ911シリーズといっても何の問題もないと思います。911は常に世界の最先端の性能を追求しましたが、シビックも初代から「CVCC」というホンダの輝かしい伝説を打ち立てたエンジンとともに世界にその名を轟かせました。

  3代目になってリアサスが車軸式になりますが、このモデルが「ワンダーシビック」と呼ばれ、日本COTYを受賞しています。・・・え?CVCCの時は受賞しなかったのか?(まだCOTY始まってねーよ!!)もうこの頃からカーメディアって腐ってたみたいですね。ホンダ1300の登場とともにどこからともなく「ホンダバッシング」が巻き起こります。これに関して宗一郎氏も藤沢氏も自著で「闇の勢力」の存在をほのめかしています。ポルシェもアメリカの上院議員に名指しで批判され倒産寸前にまで追い込まれた過去がありましたっけ。

  シビックがスーパーカーや高級セダンのような4輪ダブルウィッシュボーンで存在したのが、4代目EF、5代目EG、6代目EKの3世代でした。アシもエンジンの回転数もフェラーリとほぼ同じ!!という「当てつけ」のような設計はもう笑うしかないです。4代目EFを発売していた途中の1990年には「フェラーリは博物館行き」というセンセーショナルな『宣戦布告』とともに初代NSXが誕生します。この時に日本メーカーによる280ps自主規制がなかったら、ホンダはV8自然吸気で名実ともにイタリアのスーパーカーを徹底的に粉砕したと思います。結局280psに収まるV6を選択します。

  ホンダとしては、フェラーリを完全に「博物館へ送る」のは二代目NSXの時まで待てばいいと判断したのでしょうが、しかし予定とはうまく行かないもので、新たにVテックのV10を開発してさらなる「本格化」を目指した二代目は、発売前に起こったリーマンショックの波に飲み込まれてあっけなく開発が中止され、NSX専用としてアルミ加工用の発電所まで備えた栃木県の工場は売却されました。国産のV10搭載ミッドシップという夢はレクサスによってその後に実現されましたけども、『V10のVテック』はどうやら「幻」で終わってしまうのかなー。

  その後7代目〜9代目までのシビックは「typeRは別枠で!!」という世代になります。日本でのホンダのテーマは21世紀のシビックの再定義というより、新たなる創造として「インサイト」「フィット」の2モデルを新世紀の象徴とすることにプライオリティを置いていたようです。さらに北米と欧州の現地投下した開発ソースを配分したことで、状況は複雑化していて、6代目(EK)から英国ローバーとの共同開発モデルになったシビックは欧州メインで開発が進みます。ローバーにホンダシャシーが使われているということは・・・今、日本で走っているあのブランドのFF車は「ホンダ風味の駆け抜ける喜び」なんですね。(余計なこと言ってすみません)

  欧州では7代目(EU)は馬鹿ウケで、特にtypeRはリミッターレスで日本に輸入されていて、260km/hオーバーで「公道最速」とか書かれてたなー。イギリスでは販売台数の40%近くがtyoeRだったらしいです。その一方で日本では聞いたこともない「シビックHV」なるモデルがすでに10年以上前からあったみたいです。当時はまだまだ大ヒットした3代目プリウスなど出ておらず、日本市場におけるCセグの需要には否定的と見ていたんですね。当時のホンダの経営陣には失礼ですけど、シビックHVを日本で勝負しなかったのは判断ミスだったと思います(プリウスのその後を見ての結果論に過ぎないですけども)。

  初代インサイトの大失敗を認めたくない!!そしてアキュラ日本導入が既定路線(のちに撤回)・・・という柔軟性の欠如した戦略は、ホンダの中長期目標であった600万台達成を大きく下回る結果になりましたが、その消極的な姿勢のおかげ(資本投下を抑える)で、リーマンショックでも日本メーカーで唯一赤字にならなかったですけどね。ホンダのビジネスって「生もの」ですね。タイミングを逸すると、二度と成立しないのかも。初代シビック以降ポルシェ911のような「高性能路線」のまま突き進んだら・・・それこそ本物の「レジェンド」になったと思うんですけども、シビックにはそういうのはあまり合って無い。「刹那」のうちに頂点に達するVテックのように、急騰するのがホンダ、そしてシビック。いよいよ「カタログモデル」として復活するtypeRが日本の公道をジャックして86を追い詰める可能性も高いと思います。

   プロのライターってつまんないヤツが最近多いですよね。「現在の安全基準に適合させると、もう『狂気』を感じさせるモデルは作れなくなった」しばしば思考停止したオッサンライターが「訳知り顔」で書いてそうな一文です。情熱すらないならカーメディアなんてもうやめてしまえよ!! 「シビック」の日本復帰!!に対して「絶対売れないですよ!!」とテンション下げる奴がいるんですよ!!徹底的に冷めていてホンダを馬鹿にする意図ではないのかもしれませんが、K沢さん!!どーなんですか!! このオッサンには歴代シビックが示してきた、ホンダの情熱とか全く頭をよぎったりしないんでしょうね。こんな輩が威張っている(つまんねーこと言ってる)からクルマの人気がどんどん無くなっているんじゃ!? 

  ポルシェの研究家で知られる故ポール=フェレール氏は『911』や『ボクスター』に関する内部事情をまとめた本を何冊も出していますが、この元ルマン・チャンピオンのベルギー人が日本車について書いたものが『ホンダ・シビック 英雄の登場』です。1992年の作品なので、まだ5代目EG系が発売されたばかりで、シビックの進化のピークを迎える前なんですけども、4代目EF系から始まる『狂気』の設計が世界的なライターによって『ポルシェに匹敵する存在』と認められた『証左』です。

  10代目シビックは2015年から北米で販売されていますが、欧州シビックのフルモデルチェンジを機に、北米モデルのHVとターボを狭山で生産し、イギリスのtypeRを輸入で供給するようです。北米モデルのリアサスは10代目からアコードと同じマルチリンクになっています(フロントはストラット)。ちなみに7〜9代目の北米モデルは前ストラット/後DWB、欧州モデルは前ストラット/後・車軸式にです(新型tyoeRも同じになるようです)。同じモデル名なのに違う設計・・・これは『新しい』ですね。typeRとスープラが激突!?シルビアも参戦!?2017年の後半はスポーツカーが盛り上がりそうですね。

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