日本のファミリー層にとってMINIというブランドはどのように映るのか? 当然ながら賛否両論あるとは思います。例えばヴィヴィアン・ウエストウッドのフルコーデで街を歩けますか?に近い質問かもしれません。ヴィヴィアンに限って言えば、自らのセンスが日本ではある程度まともで、しょっちゅう他人のファッションの粗を探しているような下衆な感性の「自称良識派」には「ナルシストだ!!」と即座に否定されるでしょう。頭ごなしに否定するのにもかかわらず、MINIやヴィヴィアンが無くなった社会に対しては、退屈や不満を感じる・・・案外そういう身勝手な人々が日本の多数派じゃないかなと思うんです。 誰かがヴィヴィアンを着なければ世の中は面白くならないし、誰かがMINIに乗らなければ街の景色はつまらない・・・。特徴もない服を着た人々と、ありきたりなクルマばかりが走る日本の景色は、見ていて気分が沈んでいきますし、社会全体が高齢化へと突き進んでいる現実に直面し、街が「老け込む」のをただ目撃することでしょう。比較的に誰でも選ぶことができるオシャレ。しかし「価格」ではなく「奇抜さ」によって希少性を担保するブランドの「仕事」は、ユニクロやトヨタとは全く別の尺度で考えてあげることが大事ではないかと思うんです。 トヨタが昨年末に発売するやすぐに4万台のオーダーがあったという小型SUVのC-HR。これは!?「伝統のMANETA」では?そういった揶揄は、今回もトヨタの強力なメディア支配によってか?全く聞こえてこないです。競合他社の「あの大ヒットモデル」を相当レベルまでお手本にしているのは誰の目にも明らかだと思うのですが、トヨタが全力を挙げて作った!!圧倒的な動的質感の走りを追求した!!などと「くどい」ほど宣伝した甲斐があったようです。クルマの諸元を見ると、プラットフォーム(TNGA)、パワーユニット、ミッション、サス形式まで、おおよそブランド内の他車と共通で作られたパーツばかりですから、新開発が何もない既存部品を合成した「あり合わせ」の設計です。 トヨタの説明によると、部品の徹底した共通化は開発コストを抑えるのに貢献していて、その分の予算を走りをよくするところに使った!!とのことです。新型エンジンを使わない代わりに、徹底してドライブフィールに影響する部分にお金を使った!!そう言われると納得し...
クルマが好きで好きでたまらないので、 話題の新型車を営業妨害にならない程度に、 あれこれ語ります。各モデルのオーナー様へ「ごめんなさい」